My Story

製薬メーカー MR

Mami

Mami

私が仕事において大切にしているのは、とにかくやってみる、他の人から見れば、失敗や意味のないようなことでも、得ることがひとつもなかったことなんてなく、自分にとって何かプラスになったと考えています。私は、過去一度MRは向いていないと思いました。そして、その時は未練もなく、他の業界、全く違う仕事を経験しました。やってみて初めて分かったことは、MRにはゆるぎないやりがいがあったんだな、ということでした。当時は業務をこなすことが精一杯で、MRという仕事の意義には気付かなかったんですね。離れてみて初めて、かけがえのないものだとわかりました。

そして今、MRのやりがいをもう一度味わいたいと思って戻ってきました。

 

本当にやりたい仕事に就けた分、頑張るしかないと思って日々活動しています。身近に活躍するママMRや 女性MR もいるので、彼女たちのように私もライフイベントとバランスを取りながら、長く働きたいと思っています。

第9回目となる今回は、2年のブランクを経て異業種からMRとして復帰し、日々成長を続けるMamiさんをご紹介します。

これまでのキャリアを教えてください。

大学卒業後、内資系製薬会社でMRを約3年経験しました。周囲には女性MRは少ない環境でしたが、当時はそれが当たり前だと何とも思っていませんでした。その後以前からやってみたいと思っていたテレビ局でのADを1年、治験事務局の渉外を1年経験したのちフラームジャパンに入社しました。

 

MRからADへと転職されたきっかけは何だったのでしょうか?

もともとMRはやりがいも大きく、楽しく仕事をしていました。自分が考え行動することで患者さんのよりよい人生に貢献できることは、MRという仕事だからこそ感じる大きなよろこびでした。

ただ入社して1年に1回のペースで出荷調整があり、社運をかけた新製品までも発売後すぐに出荷調整となり会社の信用を失ってしまいました。発売前までは採用していただけるようにお願いをしていたのが、今度は処方を止めてくださいとお願いをしなければならなかったのは非常に辛かったです。先生や患者さんから大きな期待をいただいていたにも関わらずそれを裏切る形になってしまいました。患者さんの力になりたい、という思いでMRになったのにそれが実現できないことにもどかしさを感じていました。

挙句の果てに追突事故をされてしまい、全滅した車の後部座席を見て、もうこの仕事向いてないな、という気持ちになってしまいました。

それらがきっかけとなり初心に帰って仕事というものに向き合いました。もともと仕事を選ぶ軸として自分も楽しくできる仕事、人をハッピーにできるような仕事をしたいと考えていました。学生時代のバイトで調剤薬局の事務をしていたので製薬業界か、ミーハーだったのでメディア系に絞って考えていました。

メディア系は本当に休みなく体力勝負の仕事なので、経験するなら若いうちにするしかない!と思い、ADへの転職に至りました。

 

AD時代はどのようにお仕事に取り組まれていましたか?

関西のテレビの某バラエティー番組を担当していましたが、本当に目の前にある仕事に対して精一杯でした。

音声さん、テロップさん、美術さん等専門的なお仕事の方、いろんな部署の方々と関わることが多かったのでとにかくみんなが円滑に仕事できるようなコミュニケーションをとることが自分の仕事の1つでした。そのため、常に周りを見て自分の行動を決めていました。企画を担当したこともありましたが、何度も修正があり寝られない日もざらにありました。自分は体が強いと思っていたのに、思ったよりも体力がついていかなかったので、一日でも早くADからディレクターにならないと厳しいだろうと当時は思っていました。笑

型にはまった仕事はなく、アイデアが思い浮かんだら書き出し、皆でディスカッションし、作り上げていく創造物をこの目で見られる毎日は刺激的で楽しかったです。

 

Mamiさんは、結婚というライフイベントとともにMRへの復帰をされました。この選択をされた背景を教えてください。

27歳までADをしていましたが、やはり上記のような日々で無理がたたり体調を崩してしまったことがきっかけにライフプランを現実的に見直しました。もともと体力には自信があり取り柄でしたが、現状の働き方を一生続けることは厳しいと思い、いずれ転職するのであれば、タイミングは早い方が良いと転職活動を本格的に検討し始めました。そして、色々調べていく中では、やりきれなかったMRに、まだ未練があることに気づきました。

MRの仕事については、病院の先生方に処方提案し患者さんがよくなったことを聞いた時には本当にやりがいを感じていましたし、働き方も自分の裁量でできますので長い目で見ると続けていけるのかなと思いました。

最近ではワーママの女性MRも増えてきています。様々なHPなどに載っている例だと、 女性MR としてキレイ事なのでは?と信じ切れない部分もありましたが、身近な友人が出産後MRとして復帰して活き活きと働けているという話を聞いたので、育児をしながらも働き続けるイメージをリアルに描けるようになりました。また、夫の知り合いにも中学生のお子さんをお持ちの 女性MR の方がいて、MRなら続けられる、という共通認識を夫婦で持てていることも、安心材料になっています。仕事には、精一杯向き合いたいし、家庭にも趣味にも全力投球したい、そんなすべてを大切にしたい私の理想も実現できると思っています。

 

フラームジャパンとの出会いを教えてください。

転職エージェントを通じてフラームジャパンを知りましたが、HPを見て女性のキャリアを真剣に考えている会社なんだと感じました。My storyを読んで、様々なバックグラウンドをもった女性がMRとして復帰し、それぞれに輝いている様子に心を打たれました。たとえブランクがあったとしても、子育てしながらママMRとして頑張っている方の姿を見て自分もそうなりたい!と思いました。 女性MR の先輩たちも多いですし、その中で自分も!と思いました。

他のCSOも検討しておりましたが、面接時も寄り添ってお話を聞いてくださり、ただの駒としてではなく私個人を見てくださると思って入社を決めました。

 

Mamiさんは、結婚もされてご自身の環境も大きく変わる中、MRとしてますます活躍されていますね。その秘訣となる仕事への向き合い方を教えてください。

私が仕事において大切にしているのは、とにかくやってみる、失敗や意味のないようなことでも何かしらプラスだったと考えることです。一度MRは向いていないと思って他の業界を経験しましたが、MRのやりがいをもう一度味わいたいと思って戻ってきました。なので、本当にやりたい仕事に就けた分、さらに頑張るしかないと思って日々活動しています。

AD時代は、最低限のことができないと意見も聞いてくれないような業界だったので「できるやつ」と認めてもらうために、雑務でもしっかりとこなすことが必要でした。雑務でも、それをやらないと番組は成り立たないですし意味のない仕事はないんだと感じました。徐々に認められて企画の作成を求められるようになったり、アイデアの発言も受け入れられるようになりました。

MRも同じで、疾患を理解し製剤を紹介することは最低限できるのが当たり前。そこまでできて初めてアイデアや自分らしさを発揮する段階になると思っています。ですが、2年間のブランクがあるため、やる気だけではなかなか最低限までも追いつきませんでした。

そこで、同じエリアのMRの先輩方や、上司にお願いし、ほぼ毎日ロールプレイングや説明会の練習に付き合っていただき、最低限先生とディスカッションできるレベルまで持っていくことができました。最初はほとんどできることがなかったですが、小さいことでも自分ができることを探せばたくさんあります。そうしていくと、自ずとできることが増えてきて仕事が楽しくなってくると考えています。

 

いつも活き活きとした姿が印象的なMamiさんですが、ワークライフバランスはどのように取られていますか?

プライベートも思いっきり楽しんでいます。多趣味で、旅行にも行きますし飲み行くのも大好きです。ヨガも週2~3回通っていました。コロナ禍では、インストラクターの友人とオンラインで繋いで一緒にヨガをしたり、Youtubeを見ながら家でヨガを続けています。

胸を張って言える趣味はBTSの追っかけで日本全国、韓国にも飛び回っていました。彼らも小さいところからコツコツ努力をして今みたいに世界で活躍できるようになったので自分も頑張ろう、といつも励まされています。

趣味を楽しむことで、心身ともにすっきりした状態で仕事に向き合うことができると感じています。また新たなアイデアを得られたり、メンタル面でもよい刺激をもらえたりと、仕事のアウトプットの質を高めるのにも役立っていると思います。

 

色々な選択をする女性がいます。Mamiさんは全く別の業界を経験後、MRに復帰する道を選びました。もし、同じようにキャリアの選択に迷っている女性がいたらなんと声をかけますか?

人生一度きりなので、少しでもやってみたいと思ったことはやるべきだと思います。

転職活動は、コロナ禍で多くの企業がMRの人員削減をしている真っ最中でした。でも、私はやっぱりMRになりたい、と気づきました。

自分の希望として、MRに戻る、ということは確定しましたが、そんな市場感の中で本当にMRに戻れるか不安でした。でもフラームジャパンのようにブランクあるなしに関わらず、女性のキャリアに真剣に向きあう会社に出会えました。私も実際にフラームに出会うまでは、転職活動はうまくいっているとは言い切れない状況でした。転職エージェントでは、MRのブランクはブランクとして扱われ、人間的に成長できた、とか、MRをしているだけでは得られない視点があるという風にはとらえてもらえませんでした。「転職できるブランクはせめて半年くらいまで」というのが、通例のようでした。MRでなかった2年のあいだ、私にはたくさん学んだことはあったのに・・・。でも、わかったことは、どんな状況でも、探せば自分に合った会社が見つかる、結局自ら考え動くことが大事だということです。

どうせ後悔するならやらないよりもやった方がいいと思います。そして、やってみると意外となんとかなります!迷っている方にはぜひ一歩を踏み出してみて欲しいと思います。

 

 

 



 

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製薬メーカー MR

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私が仕事において大切にしているのは、とにかくやってみる、他の人から見れば、失敗や意味のないようなことでも、得ることがひとつもなかったことなんてなく、自分にとって何かプラスになったと考えています。私は、過去一度MRは向いていないと思いました。そして、その時は未練もなく、他の業界、全く違う仕事を経験しました。やってみて初めて分かったことは、MRにはゆるぎないやりがいがあったんだな、ということでした。当時は業務をこなすことが精一杯で、MRという仕事の意義には気付かなかったんですね。離れてみて初めて、かけがえのないものだとわかりました。

そして今、MRのやりがいをもう一度味わいたいと思って戻ってきました。

 

本当にやりたい仕事に就けた分、頑張るしかないと思って日々活動しています。身近に活躍するママMRや 女性MR もいるので、彼女たちのように私もライフイベントとバランスを取りながら、長く働きたいと思っています。

第9回目となる今回は、2年のブランクを経て異業種からMRとして復帰し、日々成長を続けるMamiさんをご紹介します。

これまでのキャリアを教えてください。

大学卒業後、内資系製薬会社でMRを約3年経験しました。周囲には女性MRは少ない環境でしたが、当時はそれが当たり前だと何とも思っていませんでした。その後以前からやってみたいと思っていたテレビ局でのADを1年、治験事務局の渉外を1年経験したのちフラームジャパンに入社しました。

 

MRからADへと転職されたきっかけは何だったのでしょうか?

もともとMRはやりがいも大きく、楽しく仕事をしていました。自分が考え行動することで患者さんのよりよい人生に貢献できることは、MRという仕事だからこそ感じる大きなよろこびでした。

ただ入社して1年に1回のペースで出荷調整があり、社運をかけた新製品までも発売後すぐに出荷調整となり会社の信用を失ってしまいました。発売前までは採用していただけるようにお願いをしていたのが、今度は処方を止めてくださいとお願いをしなければならなかったのは非常に辛かったです。先生や患者さんから大きな期待をいただいていたにも関わらずそれを裏切る形になってしまいました。患者さんの力になりたい、という思いでMRになったのにそれが実現できないことにもどかしさを感じていました。

挙句の果てに追突事故をされてしまい、全滅した車の後部座席を見て、もうこの仕事向いてないな、という気持ちになってしまいました。

それらがきっかけとなり初心に帰って仕事というものに向き合いました。もともと仕事を選ぶ軸として自分も楽しくできる仕事、人をハッピーにできるような仕事をしたいと考えていました。学生時代のバイトで調剤薬局の事務をしていたので製薬業界か、ミーハーだったのでメディア系に絞って考えていました。

メディア系は本当に休みなく体力勝負の仕事なので、経験するなら若いうちにするしかない!と思い、ADへの転職に至りました。

 

AD時代はどのようにお仕事に取り組まれていましたか?

関西のテレビの某バラエティー番組を担当していましたが、本当に目の前にある仕事に対して精一杯でした。

音声さん、テロップさん、美術さん等専門的なお仕事の方、いろんな部署の方々と関わることが多かったのでとにかくみんなが円滑に仕事できるようなコミュニケーションをとることが自分の仕事の1つでした。そのため、常に周りを見て自分の行動を決めていました。企画を担当したこともありましたが、何度も修正があり寝られない日もざらにありました。自分は体が強いと思っていたのに、思ったよりも体力がついていかなかったので、一日でも早くADからディレクターにならないと厳しいだろうと当時は思っていました。笑

型にはまった仕事はなく、アイデアが思い浮かんだら書き出し、皆でディスカッションし、作り上げていく創造物をこの目で見られる毎日は刺激的で楽しかったです。

 

Mamiさんは、結婚というライフイベントとともにMRへの復帰をされました。この選択をされた背景を教えてください。

27歳までADをしていましたが、やはり上記のような日々で無理がたたり体調を崩してしまったことがきっかけにライフプランを現実的に見直しました。もともと体力には自信があり取り柄でしたが、現状の働き方を一生続けることは厳しいと思い、いずれ転職するのであれば、タイミングは早い方が良いと転職活動を本格的に検討し始めました。そして、色々調べていく中では、やりきれなかったMRに、まだ未練があることに気づきました。

MRの仕事については、病院の先生方に処方提案し患者さんがよくなったことを聞いた時には本当にやりがいを感じていましたし、働き方も自分の裁量でできますので長い目で見ると続けていけるのかなと思いました。

最近ではワーママの女性MRも増えてきています。様々なHPなどに載っている例だと、 女性MR としてキレイ事なのでは?と信じ切れない部分もありましたが、身近な友人が出産後MRとして復帰して活き活きと働けているという話を聞いたので、育児をしながらも働き続けるイメージをリアルに描けるようになりました。また、夫の知り合いにも中学生のお子さんをお持ちの 女性MR の方がいて、MRなら続けられる、という共通認識を夫婦で持てていることも、安心材料になっています。仕事には、精一杯向き合いたいし、家庭にも趣味にも全力投球したい、そんなすべてを大切にしたい私の理想も実現できると思っています。

 

フラームジャパンとの出会いを教えてください。

転職エージェントを通じてフラームジャパンを知りましたが、HPを見て女性のキャリアを真剣に考えている会社なんだと感じました。My storyを読んで、様々なバックグラウンドをもった女性がMRとして復帰し、それぞれに輝いている様子に心を打たれました。たとえブランクがあったとしても、子育てしながらママMRとして頑張っている方の姿を見て自分もそうなりたい!と思いました。 女性MR の先輩たちも多いですし、その中で自分も!と思いました。

他のCSOも検討しておりましたが、面接時も寄り添ってお話を聞いてくださり、ただの駒としてではなく私個人を見てくださると思って入社を決めました。

 

Mamiさんは、結婚もされてご自身の環境も大きく変わる中、MRとしてますます活躍されていますね。その秘訣となる仕事への向き合い方を教えてください。

私が仕事において大切にしているのは、とにかくやってみる、失敗や意味のないようなことでも何かしらプラスだったと考えることです。一度MRは向いていないと思って他の業界を経験しましたが、MRのやりがいをもう一度味わいたいと思って戻ってきました。なので、本当にやりたい仕事に就けた分、さらに頑張るしかないと思って日々活動しています。

AD時代は、最低限のことができないと意見も聞いてくれないような業界だったので「できるやつ」と認めてもらうために、雑務でもしっかりとこなすことが必要でした。雑務でも、それをやらないと番組は成り立たないですし意味のない仕事はないんだと感じました。徐々に認められて企画の作成を求められるようになったり、アイデアの発言も受け入れられるようになりました。

MRも同じで、疾患を理解し製剤を紹介することは最低限できるのが当たり前。そこまでできて初めてアイデアや自分らしさを発揮する段階になると思っています。ですが、2年間のブランクがあるため、やる気だけではなかなか最低限までも追いつきませんでした。

そこで、同じエリアのMRの先輩方や、上司にお願いし、ほぼ毎日ロールプレイングや説明会の練習に付き合っていただき、最低限先生とディスカッションできるレベルまで持っていくことができました。最初はほとんどできることがなかったですが、小さいことでも自分ができることを探せばたくさんあります。そうしていくと、自ずとできることが増えてきて仕事が楽しくなってくると考えています。

 

いつも活き活きとした姿が印象的なMamiさんですが、ワークライフバランスはどのように取られていますか?

プライベートも思いっきり楽しんでいます。多趣味で、旅行にも行きますし飲み行くのも大好きです。ヨガも週2~3回通っていました。コロナ禍では、インストラクターの友人とオンラインで繋いで一緒にヨガをしたり、Youtubeを見ながら家でヨガを続けています。

胸を張って言える趣味はBTSの追っかけで日本全国、韓国にも飛び回っていました。彼らも小さいところからコツコツ努力をして今みたいに世界で活躍できるようになったので自分も頑張ろう、といつも励まされています。

趣味を楽しむことで、心身ともにすっきりした状態で仕事に向き合うことができると感じています。また新たなアイデアを得られたり、メンタル面でもよい刺激をもらえたりと、仕事のアウトプットの質を高めるのにも役立っていると思います。

 

色々な選択をする女性がいます。Mamiさんは全く別の業界を経験後、MRに復帰する道を選びました。もし、同じようにキャリアの選択に迷っている女性がいたらなんと声をかけますか?

人生一度きりなので、少しでもやってみたいと思ったことはやるべきだと思います。

転職活動は、コロナ禍で多くの企業がMRの人員削減をしている真っ最中でした。でも、私はやっぱりMRになりたい、と気づきました。

自分の希望として、MRに戻る、ということは確定しましたが、そんな市場感の中で本当にMRに戻れるか不安でした。でもフラームジャパンのようにブランクあるなしに関わらず、女性のキャリアに真剣に向きあう会社に出会えました。私も実際にフラームに出会うまでは、転職活動はうまくいっているとは言い切れない状況でした。転職エージェントでは、MRのブランクはブランクとして扱われ、人間的に成長できた、とか、MRをしているだけでは得られない視点があるという風にはとらえてもらえませんでした。「転職できるブランクはせめて半年くらいまで」というのが、通例のようでした。MRでなかった2年のあいだ、私にはたくさん学んだことはあったのに・・・。でも、わかったことは、どんな状況でも、探せば自分に合った会社が見つかる、結局自ら考え動くことが大事だということです。

どうせ後悔するならやらないよりもやった方がいいと思います。そして、やってみると意外となんとかなります!迷っている方にはぜひ一歩を踏み出してみて欲しいと思います。

 

 

 



 

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